ブロークバック・マウンテン

(!注意 最後の方はおおいにネタバレ含みます!!)
ゲイが主題となった作品が初めてアカデミー賞にノミネートされたという事で話題になった作品ですね。
キリスト教徒が多いアメリカでこの作品が賞を受けたのはとても大きな意味を持つと思います。
けれど、これをゲイが主題の作品と言うだけで遠ざけたなら、それこそ審査員の目は節穴か、
とバカにされてもおかしくなかったでしょう。
時間が経てば経つ程じわりじわりと染みて来る名作。いや、これはホント名作です。見て良かった。
初めはそのあまりにも単調な世界の描き方になかなかのめり込む事が出来ず、
主人公二人の繋がりも急激に思えたのですが、見ていた時にはそれほど見えなかったものが
時間が経つと共に話が浸透してきて、家に帰る頃に映画館でスクリーンで見ていた時よりも大泣き。
思うにね、これは確かにゲイの二人が主役だけれども、この話はゲイはどうこうというのではなく、
人として生きるという事がどういう事なのかって事を描いていると思うんですよ。
人が自分の思いに正直に生きる事の難しさっていうのかな。
二人は生粋のゲイという訳ではなく、奥さんに対しても愛はある。
けれどやっぱりお互いの事がとても大切で、傍に居たくて、どうしようもないぐらいの焦燥を感じています。
時代も時代、また閉鎖的な田舎に育った二人、ゲイが周囲の目に移るかは良く知っています。
特にイニスは、昔自分の父にリンチ殺人された同性愛者を目撃している。
同性愛者が他者からどういった迫害受けるのかというよりも、更に根深い恐怖を感じています。
それは父に、連綿と繋がっている一族の伝統や誇りに対峙しなければならない恐れではないでしょうか。
イニスとジャックが初めて結ばれた朝、羊が一匹狼に食い荒らされていたシーンは
なんとも象徴的でした。
あの光景は、イニスにその目に映る惨状以上の罪悪を感じさせたのじゃないかな。
きっと、リンチ殺人されてしまった同性愛者の姿をダブらせた事でしょう。
日本には『恥』の概念があるけれども、それは本当に自分が関わる全ての人に背を向ければ、
なんとか誤魔化せる事かも知れません。
けれど、宗教観から生まれる『罪』の意識を無くすのは、本当に難しい事でしょう。
背を向けるのは自分の全てを見ている神です。
彼にとっても、ジャックを愛する事は『許されない』行為なのです。
本人が一番その思いに苦しんだと思います。
本当に切ないです。越境も何もない。
これは普遍的な愛の物語ですし、人間の苦悩を描いた作品ですよ。
特に二人の激しい葛藤とは対照的な淡々とした描写、
ただ背景としてあるだけの信じられない程美しいブロークバックマウンテン、
それらが二人の愛しさや悲しさ、様々な思いをただ一つの画面の中に綺麗に飲み込んでしまっていて、
物語としての芸術性を高めています。
同性愛者だけじゃない、マイノリティならば誰もが感じる偏見・差別・侮蔑の目。
そしてそういう社会に生きる人間が自身の感情に罪悪感を感じなければならない悲哀。
人生の中で、誰しもが少なからず抱えるかも知れない恐怖ですよね。
「世界はこんなに美しいのに、どうしてこんなに人の世界は狭く息苦しいのだろう」
ブロークバックマウンテンを背に、抱き合う二人を見るとふとそんな事を思います。
最後、ジャックの死はやはりとても不自然なものだと思います。
きっと彼もまたいわれなき迫害にあい、殺されたと考える方が自然なのでしょうね。
ジャックを亡くして、漸く彼の事だけを思い、生きる事が出来る様になったイニス。
彼の最後の台詞には、本当に切ない思いにさせられました。
ああ、でもすごくいい映画でした。
もっと早くに観に行っていたらもう一度くらいは観ていたと思います。
スタンド・バイ・ミー的な、静かながらもひたひたと心に迫る名作でした。