帝王の殻

帝王の殻 (ハヤカワ文庫JA)

帝王の殻 (ハヤカワ文庫JA)

ちょっともう、なんなのこれ。御大はホント天才って言うか変態ですよ。
なんでこんなもん思い付くの。信じられない。好き。大好き。
設定といい文章中に垣間見られる言語センスといい、もう明らかに「おかしい」と言えるレベルですよ。
なんかまた泣きそうになりましたよ。後半相当ヤバかった。
『あな魂』の時もそうでしたけれど、話が収束していく描写に移って来ると、
もう全身ブワーッて鳥肌立っちゃって。
悲しいのとか嬉しいのとかじゃないんだけど、兎に角激しい情動に涙が出そうになります。
物語の舞台は『あな魂』と同じく火星。高度に発達した文明都市・秋砂における話。
個人の経験をデータとして蓄積した人間の副脳とも呼べる個人用人工脳《PAB》を持つ事が
当り前となったその都市で、そのPABを集中管理するシステム・アイサックの
試験運用が開始された日、自我を持っているのかすら怪しかった秋砂の重要人物である少年が
自らを「帝王」と名乗った。という所から広がっていくのがおおまかな話の筋。
PABの設定もそうだけど、PABとその主人同士での会話を「パブる」といい、
なおかつそれを文章中で『精神の自慰行為』と書いていたのには、もうやられたー!って思いましたよ。
誰だって脳内では当り前の様にしている事だけど(ていうかそれが思考するという事だと思うし)、
でもそれと、自身の経験を『あたかも体験したかのように』記憶し、また限り無く主人と近い
思考を持つPABと話すという事は、全く違う事ですものね。
独り言と、副次的な物とはいえ自分の肉体を離れて出て来た言葉はやはり別物だと思うし、
それが『自分自身との対話』だと感じるのはそれ自体が不健康だとなんとなく思う。
(だってそれなら自分の脳内だけで葛藤すれば良いと思うもの。
 声に出すことによって整理される部分も少なからずあるとは思うけど、
 でも結局そんなのほとんどが気休めであって、声は脳で決まりつつある事を
 音声にして出す事でそれを強く決定付けたいだけじゃないかと思う。
 となるとやっぱり自慰っぽい)
大体機械を通したところで、機械自体が人間の思考パターンをある程度トレースできたとしても、
それは機械が主観的に感じる事が出来ないならそれはやっぱり外部の情報でしかなくて、
到底記憶とは言い難い訳でしょ。まぁ記憶自体蓄積された情報と言えばそうかもしれないけれど、
それを主観的に感じ記憶するのと主観的な視点を持った『つもり』で客観的に判断し記録しておく
のとは違うと思う。
更に言えば、PABが主観的に感じるようになってしまった場合、それは主人から独立した、
一つの知性体として存在しているのであって、主人とは別物になってしまう。
副脳なんかじゃない。
つまり、他の機械より自分の性格を良く把握してる単なる相談ロボットに成り下がる訳で。
それは本来のPABとしての役割を果たしているとは言い難いのではないかと。
けど実際はそういう使い方をする為に作られたのかも知れませんけどね。
使う側の使い方次第ですよね。


しかし、この作品を見ていると、機械自体が自我を持っているような錯覚に陥ります。
でも必死で擬人化しないように気を付けている印象も受けるんですよ、文章中から。
解説にも書かれていたけど、機械は機械であって、決して人じゃないという点を守りながら、
それでも人間で言う自我と言うか精神と言うかを機械達は備えていて、それを表現するのに
人間の言葉をただ列ねてしまうだけだと、やっぱり単なる擬人化に陥っちゃう。
そこに嵌まらないように、すごい手探りで書いている感覚を受けます。
すごいジレンマだよなぁ。
雪風読んでいる時に、雪風に同調したりしつつも、でも自分の感じている感覚と
雪風のそれは決して同じじゃないんだ*1と自分に言い聞かせながら読んでいたんですが、
それはこういう作者側の葛藤というか、機械に対する繊細な描写につられている所為なのかも
知れません。
人間じゃないのよね、擬人化してしまったら、やっぱりそれは別物なんですよね。
何らかのものに愛情を感じた時、その対象物を擬人視するのはそれが自分にとって
シミュレーションしやすい*2からであって、そういう楽な方法に逃げちゃいかん気がするんです、
神林先生の作品読んでると。
機械に対し「可愛い」と形容する事自体が既に若干の擬人視が入ってるのかも知れないんですが、
でもそういう形容方法・表現方法以外にどう言えば自分自身の感情が説明出来るのか、
全く分からないんです。
おお? なんか帝王の殻の感想じゃなくなってね?
とりあえず『あな魂』と同じ世界観を共有してるのに(時代のみが違うようです)、
ここまで全く違う話を書いちゃうんだもんなぁ。脱帽です。
設定と文章が自分好みなのはもう言うまでもなく。最後までハラハラして読めました。
たった一日を描いた話なんですが、もう兎に角凝縮されまくってて面白いです。
あ、あと結構エディプス・コンプレックスだの、精神的な面での深い描写が多いんですが、
ハード面(つぅとあれか。SF的要素ていった方が良い?)での設定がかなりしっかりしてるので、
そっちだけ読んでても普通に楽しめます。
けど、機械と人間の感覚の対比とか親子間の愛情とか確執とかそういうソフト面も、
兎に角描写が細かいので。そっちも凄い面白いです。
ホント面白かったです。
雪風にこんなに支配されてなかったらもっと凄い勢いで読んでただろうなぁ(笑)

*1:これは雪風の思う事と自分の思う事が同じではない、という単純な話ではなくて、まず感情と思考という面での食い違いがあるかも知れなかったり、同じ言語で表現出来るステージに立っているのか、という事。そもそも思考するという言葉自体人間が作ったものだから、その思考と機械達の『思考』自体が異なるかも知れない訳でそういう事考えるとホントキリがないです。

*2:というより自分をノーマルな方向へ修正しようという葛藤なのかもしれない。より自分に納得させやすい方向に逃げているとも言えるかな。